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10通目の手紙(2026/03/01)小説執筆、面白い出来事、コーチングで学ぶこと

お久しぶりです。 だいぶ日が空いてしまいました。 1ヶ月間、小説を書いていました。 精神が完全に内面に向かっていたので、外向きの発信が出来ませんでした。 ようやく終わりが見え、まだまだ修正や加筆すべき点は残されているものの、見出すべきものは見出したという手応えがあり、一息つくことが出来ています。 その「見出すべきもの」とは何かというと、自分がどこまで深く潜れるか、または自分の心を海に例えるとするならば、その最も海底で何か見つかるか、ということです。 書き進めるにつれて、こんな感情やこんな風景があったのかと発見と記述を続けました。 とても苦しいことです。 苦しいので何年も先送りしてきていたのですが、それに先立つ一週間ほど前に、これに取り掛かるべしとの内なる声を聞きました。 それで昔のパソコンを起動してデータを回収し、現時点の自分の人生観と審美眼で、8年ほど前に書いた作品を再創造するということを始めたのでした。 やってみての感想は、やって良かった、の一言です。 取り掛からない限り、私は自分の中に何があるのか、自分はどういう人間なのか、一生把握することがなかったと思います。 小説を書くということは自分にとっては趣味ではなく、それを通してしか自分の全貌を体験することができない、そういう行為なのだということが分かりました。 それをこれまで人生の限られたタイミングでしかしてこなかったことは本当に驚くべきことです。 行為の性質上、毎日続けるということが不可能なものですが、書かない期間も、いずれまた書き始める日を念頭に生きていく――それが、多分自分にとって最も自然体の、仕様としての生き方なのだと知ることが出来ました。 これが「見出すべきもの」の意味する所です。 それが発見されたので、海底の砂を蹴って浮上を始めました。 今日は、息子と公園に行きました。 息子が蹴ったサッカーボールがお池にはまってさあ大変で、裸足で水の中に入りました。 水は冷たく、良い刺激をくれました。 上がると、近くにいた11歳の女の子に、バドミントンしませんか、と声をかけられました。 それで裸足のまま遊びました。 普段使わない筋肉や神経を使うことが出来ました。 最後に、川べりにいって逆立ちしました。 逆立ちはかれこれ1年と4ヶ月ほど毎日しているのですが、外でやるのは気持ち良いものでした。 小説を書く1ヶ月間、日によ...