18通目の手紙 神の国、神の愛、神の義
「明日を思い煩わうな」とマタイによる福音書6章34節にあります。 これについての面白い出来事を以前お話しました。 https://atelierkoshiki.blogspot.com/2026/01/20260129.html この話の続きがありました。 ジモティーでまた一つ譲り物をしました。 やってきた男性は医師会の方とのことでした。 少し立ち話をすると、お仕事は何をしているんですか、と。 相手が相手なので、ヒーラー、と答えるのはやめておこうと思い、「色々やっている者です」とだけお返事。 最初、苦手なタイプの人かなと思ったのですが、やがて世の中への貢献を真剣に考えている人だということが分かりました。 用件が済んだ後メッセージをくれる人は稀なのですが、追ってメッセージがありました。 要旨、「世の中に恩返しをして参ります。エベン・アレクサンダー。マタイ634」 本当にこういう簡潔なダイイングメッセージみたな文章だったのですが(笑)言わんとすることは分かりました。 エベン・アレクサンダーは脳外科医でありながら臨死体験をして死後の世界を実体験した人です。 この名を出すということは、この医師会の人物が私が思っていたようなコチコチの物質主義者ではなく、かなりスピリチュアルな人であることを意味しています。 そしてマタイ634とはマタイによる福音書6章34節のことです。 「まず神の国と神の義を求めなさい。そうすればこれらのもの(=生存に必要なもの)はすべて与えられるであろう」 私は思わず笑いました。 宇宙はこの日、この人物を私へのメッセンジャーとして選んだようです。 面白いことに、新約聖書とエベンアレクサンダーの著書は、私の本棚に隣あって並んでいるのです。 「神の国」とは、イエスが言ったように「汝自身の内に」あるもので、物理的環境のことではありません。 つまり自らの営為によって維持する精神的国土です。 私は自分の「神の国」を疲弊させるような生き方を長年送ってきました。 「神の義」とは、相応の待遇、恩恵、ということです。 子供を相手にしているとよく分かるのですが、 「それがほしいんだね。必要なようだから与えてあげよう」 これが親の義です。一方 「それがほしいんだね。でも本当に必要とは思えないし、むしろ君にはまだ早い。だから今は保留する」 これもまた親の義です。 何でも与えれば良い...