94 ひろし
8月8日…というと何かありそうですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。 最近色々と考えることがありましたが、ふと、「考えないこともできるんだな」、と気付いた本日8月8日の朝でした。 考え事があるとそこに考えが集中してしまい、離れることができず、頭を休めようと思っても、休めている時間にもなお休むことなく考えている…なんてことがあります。 近頃私は自分の精神構造を一新したいと思って色々試みていますが、これはかなり良い手応えを得るところまで来たかもしれない、と思いました。 考えるのをやめる、と言っても、その「際限なく考えてしまう自分」が仮にAという方角に向かう設定になっていると、考えを止める、という行為は、 同じAという方角に向かいながらブレーキを踏んでいる、 というだけの話なんですね。 むしろ 深い部分は考えることに向かいたがっている 、というわけです。 アイドリング状態の車のように。 だから、本当に考えるのをやめたいなら方角Bに自分の指向性を切り替えないといけない。 それは人生という全像をいかなるナラティブ(物語)で捉えるか、ということに関わっています。 「今の状況は悪い、 「頑張って今の状況を脱しないといけない、 「そのためにこれがなくてはならない、これをしないといけない、 「しかしそれが手に入らない といった考えは一連のナラティブであり、必ずセットでついてきます。 状況よりはるかに、このナラティブこそが問題の元凶である可能性が高いです。 まず最初の一歩目 「今の状況は悪い」 これは本当に真実なのか? そうではない見方もできるのではないか? もちろん、異なる視点を持つということは、とても難しいことでもあります。 今朝、そろそろ起きようかなという頃、私の頭の中にちびまる子の父ひろしが出てきました。 「ああ、ひろしか…」 と私は思いました。 あの絶対的な無責任と楽観は確かに私にないものだが、ぜひとも得たいものだ、と思いました。 私の脳内でひろしは言っていました。 「まあいいんじゃないの、アハハハ…」 すると脳の緊張がゆるんで、指先までゆるんでくるのを感じました。 これはささやかながら大きな変化のように感じました。 今の自分のナラティブ(人生の解釈)は良いものか? 今までとはまったく異なる視点があるだろうか? 皆様にも心当たりはありそうでしょうか。 8月13日(木)獅子座新...