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『ブラックノーズと魔法の歌』1

アンパンマンの映画  『 ブラックノーズと魔法の歌』 、これもまたなかなか考えさせられる作品である(2010年)。 「毒親」という言葉があるが、このお話はまさにその毒親をテーマにしている。 カーナという女の子が主人公。 この子は地底に閉じ込められている魔女に育てられた。 授けた魔法の笛をカーナが充分に吹きこなせるようになると、魔女はカーナを地上に赴かせる。 カーナはジャムおじさんのパン工場に居候しつつ、夜になると空を飛んで笛を吹く。 その笛の音は聴く者 を鬱病にしてしまい、町からは日に日に生気が消えていく。 世界の波動が下がれば、波動の低い自分も自由になれる――これが魔女の狙いだったのである。 劇中で「鬱病」や「波動」という言葉は使っていないが、うまく描いている。 やがて世界の波動が充分に下がると、魔女は目論見通り自由を得る。 子供向けの映画なので、親切設計、自ら種明かしをしてくれる。 おまえは私の子ではない、おまえを利用していただけだ、とカーナに言う。 カーナは勿論ショック。 しかしそれで目が覚めて、魔女によって窮地に追いやられたアンパンマンを歌の力で助ける。 こういう話である。 毒親に育てられた全ての人と同様、カーナもまた、自分が自分自身の考えを持っていないことを知らない。 すべて教えられた通り。 人々を鬱病にする笛を吹くことに、ためらいもない。 悪事に手を染めているつもりは毛頭ない。 ただ母親の喜ぶ顔を見たくて、母親の幸せのために、母親に言われたままに行動しているのだ。 悲しいまでにカーナは母を慕っている。 母はカーナを利用しているだけ。 一方、カーナはアンパンマンの日々の働きも隣で見ている。 いつもアンパンマンは人を助けている。 訳を訊くと、人を助け、人が喜んでくれると自分が幸せになるから、とアンパンマンは答える。 アンパンマンの言う「人のため」。 自分の言う「お母様のため」。 同じ「ため」なのに、 何が違うんだろう、とカーナの中に迷いが初めて生まれる。 我が身に当て嵌めて深く頷く所が多かった。 今抱いている願いは本当に自分の願いなのか? 親を喜ばせるため、満足させるため、または黙らせるために、頑張っているのではないのか? 長くなったのでまた明日に続けます。 今日もお読み下さりありがとうございました。 【スケジュール】 4月9日(火)牡羊座新月ヒーリング 4

克服(後編)ー親由来の問題4

親によって仕込まれてしまった反応のパターンをどうしたら克服/変更できるのだろう。 それは、 自分のことではなく、ひたすら相手のためを考える ことなのだ。 演奏家でもアイドルでも何でも良いが、ステージに上がって人を喜ばせる仕事をしている人のことを考えてみてほしい。 彼らは決して、個人的な胸の内をステージに持ち込まない。 疲れていても疲れている顔をしない。 不安に押し潰されそうになっていても自信に満ちた顔をしている。 やりたくないなと思う日でも、出来る限りの全力を尽くす。 失敗したとしても、完璧に演奏をこなしたかのように振る舞う。 そうするのはなぜかと言えば、聴衆を喜ばせることこそが自分の仕事だと心得ているからである。 逆に自分の疲れや弱みを見せることは、聴衆から夢を奪う行為なのである。 一曲終わるたびに「失敗しちゃった」「私もこの歌は苦手なんですけど」「まだ慣れてなくて」 そんな歌手を想像してみて下さいな。 「金返せ」でしょう。 まあ、そりゃその道のプロの話だな、私は違う、と思うだろうか。 いやいやそんなことはない。 試しにどこでも目についたお店に数件入ってみて下さい。 「面倒だなあ」「嫌だなあ」という気持ちが顔に出ている人と、全く出ていない人がいる。 後者はでは仕事が面倒ではないのかと言ったらそんなことはない。 どんな仕事だって面倒に決まっているのだ。 しかしそれを顔に出したからと言って何の得になる? お客様に良い顔を見せて、良い気持ちになってもらうことこそ得ではないか、と考える人は、程度の差こそあれ、ステージパフォーマーと同じ精神で人々と向き合っている。 怖いから固くなるのは、自分の気持ちが優先だから。 相手の気持ちを優先すれば、 怖くても柔らかく努めるべきだと分かる。 相手のためを思って、自分の弱さを克服しようと努める時、幼少期からの反応のパターンを覆すことが出来るようになる。 頑張って下さい。 今日もお読み下さりありがとうございました。 【スケジュール】 4月9日(火)牡羊座新月ヒーリング 4月24日(水)蠍座満月ヒーリング 【メニュー】 ①カウンセリング 10000円 ②ヒーリング 10000円 ③リモートカウンセリング 7000円 ④遠隔ヒーリング(お布施) ヒーリングアクセサリー 「プレローマ」 36000円 【お問い合わせ下さい】 ①LINE:atel

克服(前編)ー親由来の問題3

親由来の問題の克服のために二つの二つの方法がある。 第一は トラウマの原体験は終わったことで、実は今はもう起きていないことを理解する こと。 第二は 自分のことではなく相手のためをひたすら考え、それに基づき振る舞う こと。 今日は前者について語ろうと思う。 例えば「親に怒鳴られる」ということがトラウマの原体験としてあった場合、今なお、誰かから怒鳴られることを想定し、身構え、恐怖に駆られてしまうというようなことがある。 しかし実際には、今なお誰かから怒鳴られるということは、全く無いか、ほとんどないのではないだろうか。 もうしなくて良い防備を未だにしているのだとしたら、それは エネルギーの無駄遣いである。 私の場合、「馬鹿にされる」「理解されない」なんてことがある。 子供の頃よくそのことで悔しい思いをした。 ヒーリングなどという仕事をしていると、やっぱりこれがついて回る。 読者の皆様は勿論そういう人たちではないから、「えー、凄いじゃないですか、ヒーリングできるんだから」と思われるだろうけれども、理解者の輪から一歩踏み出ると「え、何ですか、その怪しい話は」という反応に見舞われる(だから、そういう対人接触を避けている)。 しかしこういうのは主観の問題で、仮にそう言われたとして、 憤慨するも、落胆するも、受け流すも、大いに意欲的に説得するも、私次第なのである。 どれでも好きなものを、プラスに作用すると信じられるものを、新たな反応のパターンとして学習し直せば良いのだ。 ただ、出会うべき人というのは良くも悪くも年月の中で自然と狭められていくわけで、私の周りにはヒーリングを理解してくれる人しか今はもういない。 その人たちに対して私が「どうしよう、もし遠隔視の診断が外れて、『なんだ、テキトーなことを言っているか』と思われたら。またはヒーリングで成果が出なかったら。馬鹿にされるかな、愛想を尽かされるかな」なんて考えるのは全く以て勿体ないことだ。 それは、信頼してくれている人に対して、不信感で応じているということだ。 それは失礼なことだし、また甘えでもある。 時々ヒーリングが上手く行かないあるけれど、そういう時には「なんだか今回の件は難しいですね。一緒に考えましょう」というふうに投げかけて、最終的に良い成果に持っていく。 これが、 トラウマの原体験は終わったことで、実は今はもう起きていな

親由来の問題2

親に恵まれた方については本当に何も言うことがないのだが、そうでない方の場合、現在のあなたの人格や人生の限界を低く定めたのは、ほぼ全面的に親である。 Kさんもそのことには気付いていた。 「しかし親のせいと言っていいものか…」 Kさんは慎み深い。 私の意見を言えば、やっぱりそれは 親のせい である。 なぜならそれが事実なので。 ただし、「親のせい」と考えるのは何のためかと言ったら、親を永遠に非難するためではなく、「そうか、これは親からもらってしまったものなんだ。でも私が欲しいものではなかったのだ。嫌なものなのだから捨ててしまおう」と発想を切り替えるためである。 問題の出所について「親のせい」と言っているのであって、「だからあなたはずっと被害者でいていい」と私は言っている訳ではないことはお分かり頂けると思う。 むしろ「親のせいだったんだ」に気付いて、一日も早く被害者の立場から抜け出すべきなのだ。 親の間違った接し方によって、苦しみに満ちた反応のパターンを子供は形成し、 それが人生に決定的な制限をかけてしまう。 Kさんの場合はそれが肉体のレベルでも出てきていたが、私がこれを肯定的に評価するなら、それだけKさんは素直だということなのである。 深いレベル(水底)を、浅いレベル(水面)からも見られるということは、それが澄んだ水だということなのだから。   それはさておき、誤って学習させられてしまった反応のパターンを、どうしたら変更、消去、克服できるのだろう。 皆様にも対人関係で、あんなことが起きるんじゃないか、こんなことを言われるんじゃないかと、先んじてあれこれ想定してしまう不安や恐怖があると思う。 これが「反応のパターン」である。 これを克服するために二つの方法があると思う。 第一は トラウマの原体験は終わったことで、実は今はもう起きていないことを理解する こと。 第二は 自分のことではなく相手のためをひたすら考え、それに基づき振る舞う こと。 その具体的な話をしたいのだが、長くなってしまったのでまた明日に続けることにする。 今日もお読み下さりありがとうございました。 【スケジュール】 4月9日(火)牡羊座新月ヒーリング 4月24日(水)蠍座満月ヒーリング 【メニュー】 ①カウンセリング 10000円 ②ヒーリング 10000円 ③リモートカウンセリング 7000円 ④遠隔ヒー

親由来の問題1

Kさんの体調不良が長く続いている。 遠隔ヒーリングをかなりの頻度で受けられているけれど、なかなか巻き返しが追いつかない。 そこでビデオ通話でお話を伺うことにした。 Kさんは症状の原因をおおよそこの辺りと目星をつけ、ストレッチをするなどご自分なりに対処されていた。 しかしそれほど功を奏していないように思われた。 体の問題の原因は、体ではなく心にあることが多い。 かと言って、いつも問題を深刻に考えなければいけない訳でもない。 それはそれで危険な考え方だと思っている。 体から(=物理的なレベルで)解ける問題なら、そのレベルで解けば良い。 基本的に私の遠隔ヒーリングは必要がない限りそれほど深入りせず、気のレベルで解いている。 最近めっきり使わなくなった用語だが、整理のためにここで用いてみよう。 レベル1:物質的なレベルの解決。マッサージ/温熱/体操など。 レベル2:気(エーテル体)のレベルの解決。手かざし/呼吸法/ヒーリングなど。 レベル3:感情(アストラル体)のレベルの解決。カウンセリングなど。 レベル4:霊魂(メンタル体)のレベルの解決。瞑想誘導/暗示など。 レベル5以下まだまだ続く… レベル1と2については説明の必要はないだろう。 レベル3になると、幼少期以来のトラウマが関わってくる。 感情の回路に関して親から受けた負の影響が問題になる レベルである。 レベル4になると、前世のトラウマやカルマが関わってくる。 レベル5から先については、伏せるわけではないのだが、私もまだまだ言葉では上手く説明できない。 遠隔ヒーリングでは気を整えている。 これは日々のケアであり、また長期的に大きな成果を出すに至る小さな調整の積み重ねである。 存在の本質に関わる重大問題は、 レベル3、そしてそれを超えてレベル4の領域にこそ、 横たわっている。 しかしそこに着手するのはなかなか成し難いこと。 日々のストレス、疲労を始めとして、恒常的なエネルギー消耗状態に私たちはあるので、目下の立て直しを図るのがどうしても優先的になる。 時々それでも、がばっと人生の深淵が開いたように感じられる時、または普通でないレベルの感情の苦痛に中長期的に晒される時、多くの場合、上記レベル3の問題に私たちは直面している。 Kさんはまさにこの問題によって、体調不良に陥っているのだった。 Kさんの感情レベルの問題はだいたいお

恵みに目を向ける

Aさんのお母様に関する記事 に対して、Aさんからコメントを頂いた。 ご家族皆様で共有され、 「ブログを拝読後、母は静かに聞き入り、自分の言動、考え方に向き合い、ちゃんと反省している様子です。「河邊さんは的確に判断している。納得できるお話しだった。ありのままを受け入れなきや」 とのこと。 それを受けてまた新たにお伝えしたいことが心に浮かんだので書いてみたいと思う。 Aさんのお母様が仰るには 「前はこうじゃなかったのに。どうしてこんなになっちゃったのか。この苦しみは、私しかわからない」 とのことで、これは本当に無理もなく、当然の嘆きだと思う。 私はまだ若く、体に病気も障害もなく、だからAさんのお母様にしたり顔で物を言える 立場には全然ないが、 そのことを承知の上で、Aさんのお母様のお心が更にもう一段階晴れることを期待して、以下のことを書いてみたいしたいと思う。 私たちは失ったものを嘆くが、 失うまでは当たり前のようにそれがあったことの 有り難さ になかなか気付きづらい。 「呼吸が苦しい、以前はあんなに易々と呼吸を 出来ていたのに 」 と思うのは自然だが、 「呼吸が苦しい、以前はあんなに易々と呼吸を させてもらえていたのか 」と、見る角度を変えることで、 〈現在の嘆き〉を〈過去への感謝〉に変えることはできないだろうか 。 私たちはこんなに生かしてもらってきた。 しかしそれに気付かずに来た。 私たちが生まれてきて、生きてきた今日この日まで、一つとして自分だけの力で成し得たことはなかった。 私が命じなくとも、否すっかり忘れていたとしても、脈打ち続けてくれた心臓のおかげで、私たちは生かされ、それを当然の大前提とした上で、私たちは仕事をしたり家族を養ったりすることが出来た。 肺を始めとして、全ての臓器もまた同じ。 それを与えてくれたのは誰だろうか。 神だと思う。 私たちは文字通りに神によって生かされてきたのだが、 私たちはそのことに気付かず、そのことを当たり前と思い、今日まで生きてきたのだ。 神が人間から肉体の自由を奪う目的は、 与えられてきた自由の有り難さを私たちに振り返らせ、正しく再評価させるため だと思う。 キューブラー・ロスの本から引用したい一節がある。 この話の主人公は全身麻痺が進行し、明日にはついに発話もできなくなるという状況にある。 その患者にキューブラー・ロスが会

天秤座満月、お手入れで輝く

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先日〈お手入れ〉のことについて書いたが( 3月20日の記事 )、お手入れを待っているものは勿論、家だけでなく、他にも色々ある。 例えば体なのだが、私はずっと、神様からもらったままにしていたように思う。 こういうのを「だらしない」というのだ、と最近気付いた。 筋トレをするのにも、そういう動機がある。 別に太っていても痩せていても、筋肉質でも貧弱でも、本人がそれで良いなら構わない。 しかし私の場合「貧弱だな」と思いつつ、何もしてこなかった。 こういうのが、だらしない。 貧弱だと思うのなら、お手入れすれば良い。 髪の毛もそう。 私の髪の毛は巻き具合が重要で、太く巻いていると個性的かつ魅力的なのだが、巻きの秩序が乱れていると、むさくるしい。 朝起きてみないとその日の当たり外れが分からないのでギャンブル性の高い毛質である。 それで以前はいつもずっと縛っていたのだ。 43年も生きてきて、ようやく最近、 「この巻き」というのをほぼ狙えるようになった。 大したことではないのだが、頭を洗ったらドライヤーをかけて(以前は自然乾燥だった)、オイルを塗る。 どちらもちょっとコツがある。 髪の毛は自分で切っているのだが、この辺、という塩梅もやっと掴んだ。 すると人からとてもよく褒められるようになった。 学生時代は髪の毛のことでずっとからかわれて嫌な思いをしていたので、これは大逆転である。 「良くないなあ」と思いつつ、良くする努力をしない、というのは、だらしないこと。 折角このように頂いた体なのだから、心なのだから、住まいなのだから、持ち物なのだから、お手入れしよう、という考えで生きていると、不思議に色々なものが輝き始める。 皆様はどうでしょうか。 今日もお読み下さりありがとうございます。 今日は天秤座の満月です。 ヒーリングをお申し込みの方々、よろしくお願いします。 【スケジュール】 3月25日(月)天秤座満月ヒーリング 4月9日(火)牡羊座新月ヒーリング 4月24日(水)蠍座満月ヒーリング 【メニュー】 ①カウンセリング 10000円 ②ヒーリング 10000円 ③リモートカウンセリング 7000円 ④遠隔ヒーリング(お布施) ヒーリングアクセサリー 「プレローマ」 36000円 【お問い合わせ下さい】 ①LINE:atelierkoshiki ②microcosmo.healing@gm

病中のご高齢者を励ますには

Aさんのお母様のことを昨日書いた。 実際に今苦しんでいる方に対して、そうでない者が安易に励ましたりするのは好きではない。 かと言って、苦しいですよね、おかわいそうに、と同情するだけでも何にもならない。 ご様子を伺うと、苦しいながらも行動的に過ごしていらっしゃる。 率直に、私は凄いことだといつも感じている。 それで私はAさんにこう伝えた。 「それでもこんなに動けるのは本当に凄いことだよと励ましてあげて下さい。 苦しんでいるご本人は気付きづらいことなので」 ここからは話を一般化しよう。 病気のみならず、お金でも人間関係でも仕事でも、苦しかったり辛かったりすると、ついそこにばかり目が行きがちである。 しかし他人から見ると「それにもかかわらず」よく出来ているな、と感じる部分が必ずある。 この 第三者の視点を繰り返し心に染み込ませる ようにしたい。 「弱気なことを言わないで!」と言ったら圧迫になるし、「大丈夫だよ!」と言えば軽薄な励ましになる。 事実に反することを言って励ましたり希望を持たせたりしても意味はない。 事実に即したことを伝えて、気分を入れ替える手伝いをしなければいけない。 苦しいのは事実。 辛いのも事実。 でも、それでもこんなに色々出来ているのも事実。 それで外的状況が良くなるかどうかは別として、内的状況(つまり精神状態)を良く保つためには、そういう考え方が必要かと思う。 参考にして頂けると良いです。 今日もお読み下さりありがとうございました。 明日は天秤座の満月です。 ヒーリングのご用命をお待ちしております。 【スケジュール】 3月25日(月)天秤座満月ヒーリング 4月9日(火)牡羊座新月ヒーリング 4月24日(水)蠍座満月ヒーリング 【メニュー】 ①カウンセリング 10000円 ②ヒーリング 10000円 ③リモートカウンセリング 7000円 ④遠隔ヒーリング(お布施) ヒーリングアクセサリー 「プレローマ」 36000円 【お問い合わせ下さい】 ①LINE:atelierkoshiki ②microcosmo.healing@gmail.com ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ホームページ: https://www.microcosmo-healing.com/

ご高齢者へのヒーリング

Aさんのお母様は肺を病んでいらっしゃる。 長らく遠隔ヒーリングをさせて頂いている。 しかしご高齢ともなると、体の回復力も若い時に比べれば落ちている。 すっかり楽にして差し上げることは正直、難しい。 ご本人の体感としては苦しい状態がずっと続くことになる。 お気持ちは、察して余りある。 ヒーリングには限界があるが、ヒーリングを受ける人体にも限界がある。 つまり〈治す力〉と〈治る力〉、双方に「これでいっぱい」という所があるのだ。 それを乗り越えて、治すこと、治ることは出来ない。 どこかの時点で「これで良しとするか」と受け入れるべき所がある。 遠隔視によって、私の目にどう見えているのかということを説明すると、基本的に、状態の悪い所が強調される。 それにもかかわらず、Aさんのお母様の肺は多くの場合、特に目立った印象を示さない。 どういうことかと言うと、「それで全体の中に馴染んでいる」のである。 状態の悪い箇所がある場合、体は、遠隔視する者に対して、「ほら、見て下さい、ここが悪いんですよ」と示すのが普通だが、「ここの箇所も含めて全体で上手く収めていますので」という場合には、示してこない。 Aさんのお母様の場合、年齢も考慮に入れた上で、 体は多大なエネルギーを使って対象を治すよりも、そこそこ上手くやっていくことを選択している 。 これもまた病気との関わり方の一つの選択肢なのだ。 そしてそれは人が決めるのではなく、命が決める。 こういう時、無理に治そうとするのは良くない。 体の方針に従って、全体の調和をヒーリングは推進していくべきである。 明日はこのような場合、家族や親しい人がどう関われるかということを書きたいと思う。 今日もお読み下さりありがとうございました。 【スケジュール】 3月25日(月)天秤座満月ヒーリング 4月9日(火)牡羊座新月ヒーリング 4月24日(水)蠍座満月ヒーリング 【メニュー】 ①カウンセリング 10000円 ②ヒーリング 10000円 ③リモートカウンセリング 7000円 ④遠隔ヒーリング(お布施) ヒーリングアクセサリー 「プレローマ」 36000円 【お問い合わせ下さい】 ①LINE:atelierkoshiki ②microcosmo.healing@gmail.com ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ホームページ: https://w

癒しの力は不思議なもの

外反母趾は難しい問題。 直せるか直せないかと言われたら、直せない。 でも痛みを無くすことが出来るか出来ないかと言われたら、半分くらいの可能性で「出来る」と答える。 歪んでいるからと言って必ず痛くなる訳ではない。 上手く収まってくれれば痛みは出ない。 それともう一つ、人体には魔法のような力が働いている。 だから、「あれ、何で大丈夫なのかな」みたいなことはザラにある。 諦めない、決めつけない、ということは大事かと思う。 Uさんには、なぜか骨や関節の痛みで関わらせて頂くことが多い。 どれも結構難しい問題だったが、ヒーリングで治った実績がある。 過去に頂いた文章を読み返し、拾い上げてみると、Uさんは「首を痛めたことがきっかけで」アトリエに来られ、「手かざし的な対応により即座に完治し、大変驚いた」。 また「坐骨神経痛の激痛で移動はおろか日常生活や睡眠もままならなかった際に、遠隔ヒーリングで症状を緩和していただいたことがある」とも。 その後も、近年、腕の関節が痛くなった時に、やはり解消することが出来た。 これは私もよく覚えている。 「どうかなあ、まあ難しそうだけどやってみましょう」と言って、試みたら治ったので、私もとても驚いた。 だからと言って、ヒーリングならあれもこれも治るとは言えない。 そこは神様任せなので。 多分、Uさんの骨/関節系の症状は、私のヒーリングと相性が良いのだ。 それだけのことだと思う。 外反母趾も一度診させて頂いたらその後は随分楽になったとのこと。 「先日手当していただいて以降はしばらく痛みは出ていませんでした。 また足全体にすべすべというか柔らかくなったような印象がありました」 ついでに足全体がすべすべになる辺りが、まっこと不思議な所。 以上は宣伝ではないです。 ただ、万に一つも可能性があることを覚えておいて頂ければと思います。 不思議なこともあるもんだ…ですが、不思議なこともあるのが世の中なので。 春分明けて間もないですが、25日は天秤座満月です。 立て続けのヒーリングで更にお体の健康を取り戻すのも、いかがでしょうか。 【スケジュール】 3月25日(月)天秤座満月ヒーリング 4月9日(火)牡羊座新月ヒーリング 4月24日(水)蠍座満月ヒーリング 【メニュー】 ①カウンセリング 10000円 ②ヒーリング 10000円 ③リモートカウンセリング 7000円

神の導き

先日、Yさんがアトリエにいらした。 ヒーリングを受けた後、本当に気持ち良かったらしく、子供の頃のように深く眠ったと仰っていた。 Yさんはしみじみと私に同情された。 「でもカワベさんだけは、このヒーリングを受けられないんですよねえ」 その通り。 ヒーラーは自分にヒーリングをすることは出来ない。 しかし、では誰からも何のケアも受けることが出来ないのかと言うと、そうではない。 「何者か」がヒーリングを時々してくれる。 神、と言っておこう。 ただしこちらからお願いすることは出来ない。 それが出来たら調子の悪い時こそお願いしたいのだが、完全にあちらのペースで来る。 春分の前日もそうだった。 いきなり発熱して、寝込んだ。 ヒーリングというか、調整、またはアップデートのようなものだと理解している。 心が深く改まる時、人生が前進しようとしている時、過去の呪縛がその力を失う時、 その変化は必ず肉体のレベルで現れる 。 そういう訳で、人間関係や財産や生活や過去に関して大きな清算が起きると、その後でほとんど必ず体調不良に見舞われることになる。 しかし「体調不良」は正しい言い方ではない。 行われているのは 「体質組み換え」 のようなことなのだ。 それに加えて、二至二分や満月新月、誕生月と言った節目がある。 私の考えでは、どの草木を見ても生命の新たな兆しにはっとさせられるこの春分辺り、神が黙っているはずがない。 そういうことが、皆様の身にもきっと起きていたことと思う。 物事の順序として、神が皆様を導いています。 しかし実はなかなかそれは厳しい。 そこで、それに伴い生じる過負荷や排出物を軽減したり処理したりするがヒーラーとしての私の務め、と心得ています。 皆様と神様との関係を取り持つ形で、今後とも関わらせて頂けたら嬉しいです。 春分辺り、何かありましたか? 思いを巡らせてみて下さい。 そしてコメントで教えて下さい。 【スケジュール】 3月25日(月)天秤座満月ヒーリング 4月9日(火)牡羊座新月ヒーリング 4月24日(水)蠍座満月ヒーリング 【メニュー】 ①カウンセリング 10000円 ②ヒーリング 10000円 ③リモートカウンセリング 7000円 ④遠隔ヒーリング(お布施) ヒーリングアクセサリー 「プレローマ」 36000円 【お問い合わせ下さい】 ①LINE:atelierkoshik

春分、人生の豊かさに向けて

掃除・片付けではない、何か別の言葉はないのだろうか、と私は最近思っている。 何かそれとは別のことを、考えているのだ。 それが何かということを、書きながら明らかにしてみよう。 最近得たヒントの一つは、〈お店の綺麗さ〉である。 私は心を耕すために、定期的に二子玉川の高島屋に行く。 先日、「どうしてここは綺麗なのだろうな」と改めて考えた。 答えは簡単で、「お客に見せたい物以外が見えない」ように管理されているからだ。 それに比べて、自分の住まいには余計なものがごちゃごちゃと多い。 勿論、住居は店舗ではないのだから、お店と全く同じ原則を当て嵌めるのは無理なことだし、またそうする必要もない。 しかし確かに言えることは、 さっぱりしていると気持ちよく感じる 、ということで、裏返すと、 さっぱりしていないと気持ち悪く感じている「はず」なのに、そのことに気付いていない ――ここが問題なのだと思う。 こうして日々、知らず知らず生活の波動を低くしている。 じゃあ棚や引き出しの中に全て詰め込めば良いのかと言うと――もしかしたら、ひとまずはそれでも良いのかもしれない。 やがて「やっぱり、〈さっぱり〉がいいな」と思う感性がだんだん育まれていって、「よし、戸棚の中もさっぱりさせよう」となるかもしれない。 ここまで来ると、掃除や片付けとは違う、それより一段上の話になってくる。 掃除や片付けはマイナスをゼロに戻す営みだが、私が最近大切に考えるようになってきたのは、更にプラスに向けていくようなことなのだ。 例えば玄関の扉を拭く。 別に拭かなくても実際上の問題はないけれど、実際拭いてみると「この扉こそ、家の顔なのだから」と思う。 だから、これは掃除というより、手入れなのだ。 そうだ、「何か他の言葉を」と最初に言ったが、その言葉とは「お手入れ」かもしれない。 暮らしの中に、お手入れを待っているものが沢山ある。 お手入れは掃除と違って、必要度は低い。 しかしお手入れによって愛着が増し、感謝が深まる。 そういう所に、日々の平穏や喜びを招く何事かがあるように思える。 皆様は日々の暮らしの中でどんなお手入れをしていますか? コメントで教えて下さい。 本日、春分です。 この良きタイミングに、ヒーリングを是非お受け下さい。 【スケジュール】 3月20日(水)春分ヒーリング 3月25日(月)天秤座満月ヒーリング 【メニ

春分に向けて、掃除

最近、また新しい自分に生まれ変わったようだ。 新しい自分になると〈それまでの自分〉が他人のようになる。 その目で暮らしを見つめ直すと、随分違和感を覚えたりする。 「どうしてこんなものを捨てずに持っているんだろう」とか、「どうしてこんなに雑然としているんだろう」とか。 私はとにかく溜め込み性で、掃除片付けをせず、しても下手で、すっきりしない暮らし方を営んできた。 子供の頃からそうなので、なかなかこれを克服するのが難しかった。 3年くらい前からようやく、「すっきりさせていく方向に向かっていきたい」と思うようになり、着手し始めた。 それでも一時にかたを付けるのはどうしても苦手なので、一回頑張ると、ある程度の充電期間を置いて、また精を出す、といった格好だったのだが、それにつれてだんだんと〈お掃除スキル〉のようなものが匍匐前進的に、1mmまた1mmと成長していく。 ようやく「かなり見晴らしが良くなってきたかも」と思える辺りまで、最近来た。 これからまた新たな一周が始まる春分を前にして、〈今の自分が行ける限りのすっきり〉に達することは、意義のあることかもしれない。 そのために最近学んだコツをお伝えしたいと思う。 それは、棚、引き出し、などの―― 「中身を一度、全部出す」 すると、自分が何を持っているか、持ちすぎているか、使わずにいるか、 単に捨てずにいるだけか 、が分かる。 思わぬ過去の残留物を発見したり、現在やらないままになっていることにも気付く。 新しい運気を招くためには、これはとても大切なことであるようだ。 明日は春分です。 春分ヒーリングのお申し込みをお待ちしています。 【スケジュール】 3月20日(水)春分ヒーリング 3月25日(月)天秤座満月ヒーリング 【メニュー】 ①カウンセリング 10000円 ②ヒーリング 10000円 ③リモートカウンセリング 7000円 ④遠隔ヒーリング(お布施) ヒーリングアクセサリー 「プレローマ」 36000円 【お問い合わせ下さい】 ①LINE:atelierkoshiki ②microcosmo.healing@gmail.com ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ホームページ: https://www.microcosmo-healing.com/

小さな喜びを集める

小さな喜び、というものがある。 これを大切にするかどうかで人生の質が決まるのではないか、私は最近思った。 どうも人を観察していると、 満ち足りて幸せそうな人は皆、小さな喜びを大切にしているように見える。 逆に人生に不満の多い人や、苦境の中で長く苦しんでいる人は、小さな喜びのその秘められた力に気付いていないように思われる。 小さな喜びとは、小銭のようなものかもしれない。 一つ一つでは取るに足りないが、貯めると意外な金額になる。 私はよく「生活の木」というお店に行く。 そこで先日、エッセンシャルオイルに浸した紙片をもらい、特に意識もせず財布に挟んでおいたのだが、そのおかげでそれから暫く、財布を開けるたびにシトラスの香りが広がって気分が良かった。 財布を開くたびに良い香りを楽しめると金運も上がりそうである…などと言うと欲深いかもしれないが、実際そんなことも、あるかもしれない。 楽しい、気持ち良い、心地よいことに頻繁に意識が向けば、どうしたって幸運が訪れそうな気はする。 後日、エッセンシャルオイルを改めて買いに行った。 財布だけでなく、トイレや寝床にも使っている。 心地よい。 感覚が喜んでいるのを感じることが出来る。 それは、 必要ではないのだけれど、あると嬉しいもの。 こういうものを、過去の私は疎かにしてきた。 〈感覚〉とは、子供のようなものかもしれない。 一方、大人の私は〈思考〉である。 〈感覚〉ちゃんはこういうのを喜ぶだろうな、と〈思考〉が考えて、与えてあげる。 そんな内なる一人二役で考えると、与えてあげたいものは結構色々あることに気付く。 与えてこなかったものが多いことにも気付く。 昨日の真呼吸会は初の中断。 時間を空けてご参加下さった皆様にはご迷惑をおかけしました。 お許し下さい。 【スケジュール】 3月20日(水)春分ヒーリング 3月25日(月)天秤座満月ヒーリング 【メニュー】 ①カウンセリング 10000円 ②ヒーリング 10000円 ③リモートカウンセリング 7000円 ④遠隔ヒーリング(お布施) ヒーリングアクセサリー 「プレローマ」 36000円 【お問い合わせ下さい】 ①LINE:atelierkoshiki ②microcosmo.healing@gmail.com ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ホームページ: https://ww

首の緊張、歯の痛み、気のむくみ、好転反応

久しぶりにヒーリング関連の話(本当にこれでもヒーラーなのだろうか)。 1. Yさんに遠隔視した所、首の両側が張っていた。 これは誰でも必ずそうなのだが、このような場合、ストレスがかなり強くかかっている。 イメージとしては、辛い、苦しい、痛いことなどがあると、思わず口を横一文字にして奥歯に力を込める――漫画的な表現を想像してもらえるとお分かりになるかと思う。 この時、首の両側に緊張が走るのだ。 私がよく言う 「頚椎の歪み」は人間として生きている限り仕方ない 。 仕方ないものとして、その上で対処していくのが妥当なのだが、この 首の両側の緊張はイレギュラーな状況が作り出しているという理解が大切 。 Yさんによると「横を向いた時たまにひねったようになって、イテテとなる」「何だか気持ち的にもざわざわです」と心身の状態は一致していた。 その後ヒーリングによって改善し、「日々なかなか意識できてなかったですが、忙しいと特に首の周りがぎゅっと固まりがちだなあと今回改めて感じました」とのこと。 改めて、首に注目。 2. Sさんは歯が痛かった。 頚椎の緊張が神経を圧迫することによって、歯痛が生じる ことがある。 私なんかも、時々なる。 確認の方法だが、 歯を指先または何か硬いもので叩いてみると良い。 それで痛ければ虫歯。 痛くなければ、ストレスによる神経圧迫。 前者の場合は歯医者にゴー。 後者の場合、虫歯ではないので、体と心を休めることが望ましい。 3. Sさんのご両親に遠隔ヒーリングをした。その所見。 全身がむくんでいるような印象があった。 伺うと、実際にはむくんでいないらしい。 となると、これは 気が停滞している ようだ。 気は本来、出入りしている。 一応、一般的には脳天から入って、手足から出ていく、と言われている。 私は未熟者なので、「脳天から入る」の部分はそこまで実感を伴って断言することが出来ない。 しかし「手足から出ていく」については間違いなくそうだと言える。 気の停滞は、病気の前提条件になりがちである 。 ヒーリングによって、むくみの印象は解かれた。 4. Yさんは色々と難しい状況を抜けた後の遠隔ヒーリングがいつも以上に激しく効いて、かなりの好転反応が出た。 「眠気と体全体が怠く」、 「頭痛や体全体が触ると痛く」、「吐き気」、「トイレも近く」 と、体の声が一気に出てきた様子。

インナーチャイルド

良い所を見せようとして、まどかが押し入れから落ちた。 その時の様子が面白かった。 「おててがいたくてうごかないよ。おててのほねがおれた」 ぽろぽろと涙を零しながら言う。 どこで覚えたのか、気の毒に思いながらも笑ってしまった。 こういう時は宥めるよりも気分を変えてしまった方が良い。 取っておきの秘技を繰り出すと、すぐに楽しく笑い始めた。 もちろん、骨は折れていなかった。 それにしても、痛みや苦しみを感じた時、心は何と速やかに赤ちゃん返りすることだろう。 「こんなかわいそうなぼくをみて?」という声音が、滲んでいた。 苦しみに直面した時、大人の私たちもまた、やっぱり子供返りしそうになる。 「できないよお、くるしいよお」と心は言い始める。 大人はそれを諭すことが出来る。 心の中の大人が育っていると、「泣いても仕方ないのだから。ほら、前を向こう」と言える。 または私がまどかにしたみたいに、注意を他に向けさせることが出来る。 「大丈夫大丈夫。それより楽しいことをしよう」と。 考えてみると、そういうふうになるために、何年も十何年も過ごしている気がする。 以前の私は、内なる子供が泣き始めると、それに簡単に支配されてしまった。 インナーチャイルドについては、普通、認識して抱き締めてやるべき、と言われる。 私自身、そういうことはとても大事だと考えている。 しかし何事も匙加減で、 問題を必要以上に深くしないという態度も、やっぱり大切だ と考える。 子供が「ほねがおれた」と言っても、本当に折れている訳ではない。 子供=インナーチャイルドの痛みを〈軽視する〉という意味ではなく、〈軽くしてやる〉こともまた、大人にしか出来ないことであろう。

自他の境界線

イメージ
公園で、まどかと遊んでいた。 「かくれんぼ、しよう?」とまどかが言う。 私は目を手で閉じる。 まどかはがさごそと動いている。 「もういいかい?」とまどかが言う。 いやいや、それを言うのはこっち。 しばらくすると「もういいよ」とまどかが言う。 目を開けてみて、思わず笑う。 ベンチの陰に隠れているつもりなのだろうが、丸見えである。 自分の目を隠せば、他の者の目も利かなくなると思っているらしい。 少し間を開けてから、 「みーっけ」 まどかは喜んで、もう一度試みる。 一人二役分の「もういいかい。もういいよ」の後、目を明けると、今度はあろうことか砂場のど真ん中にしゃがんで目を一生懸命閉じている。 自分が目を閉じていれば世界もまた目を閉じていると思っている。 〈自他の境界線〉と言うが、私たちの心はその始まりにおいて、こんなにも境界線のない世界に生きていたのかと知って、驚かされた。 何と無垢なものではないか、心というものは。 子供の移ろい易い成長の過程。 ちょっと難しいものを感じていた近頃だったが、良い感じになってきた。

セックスの悩み

Xさんにカウンセリングした。 ちょっとしたやり取りの流れで、Xさんが、あらまし次のような質問をされた。 「家族関係やパートナーシップは難しい。一度聞いてみたかったのだが、自分と家族やパートナーとの距離感はどんな感じがベストなのか」 と。 勿論、こういう事柄において普遍的な正解というものは存在しない。 だから「まあ、そこは答えがないですからねえ」で流しても良かったのだが(実際そうなので)、この悩みに関してXさんの中でうずうずと心に膿が溜まっているような気がしたので、こちらからカウンセリングに誘ってみた、という次第。 普通、カウンセリングというものは、よくよく話を聞くものだ、と言われている。 また優れたカウンセラーほど、ほとんど何も言わないらしい。 早々に判断を下し、助言をするカウンセラーは一般的にはあまり評価されないようだ。 私が読む本には、時々そういうことが書いてある。 最近読んだ本にも、やっぱりそう書いてあった。 実際、そうだろうな、と思う。 しかし性格の個性というものもあり、私はちゃんと聞くことは聞くのだが、その後必ず強くはっきり意見を言う。 そういうのはどんなものかと思うけれど、Xさんに「いや、きっぱり言ってもらえるのが有り難い」と言って頂いたので、これがカワベ式と開き直ることにする。 Xさんだけでなく、他の皆様からも日頃そう言って頂いているので。 どんな形のものであれ、問題というのは、かなり、かなり、かなり、奥の方から発生していることが多い。 そしてそれは奥の奥にしまい込んでいるので、自分自身でも気付いていなかったり、蓋を明けるのが怖かったりするものである。 こんなものを〈友人〉くらいに打ち明けることは出来ない。 〈心の友〉か、または何でも来いのカウンセラーにしか話せない。 よく「これも言っていいんですかね」と言われ、「どうぞ」と言い、聞いた後でも私が平然としているので、むしろ語った方が驚く、というようなことがある。 顔色一つ変えずに(無表情という意味ではなく)、つまりどんな拒絶もなしに話を聞いてもらえた時に、自然と開く心の扉みたいなものがある。 扉はだいたい固く閉ざされているので、こちらの方からノックして開けてあげる。 Xさんにはセックスのことを詳しく訊いた。 普通、この手の質問はあまり詳しくはされないし、普通、されたら不快なので、この問題は手つかずのまま

神を頼るVS神を祀る

〈神頼み〉することと、〈神を祀る〉ことは違う。 前者はお願い。後者は挨拶。 前者は〈まだほしがる〉態度。後者は〈既に頂いたものに感謝する〉態度。 神頼みしてはいけない、とは思っていない。 しないのが正しい、とも言いたい訳ではない。 しかし信心を重ねていくと、既に与えられているものの多さに気付くようになる。 するともうこの上、何かを更にお願いするという発想がだんだん持てなくなってくる。 それは喩えて言うなら、充分に美味しく調理された食事に対して「おいしくなあれ」と言うようなもの。 それは料理してくれた人に失礼というもの。 神はまだ何かを与えてくれていないのではなく、既にかなりのものを与えてくれている。 そういう訳で、普段、私は神にお願いはしない。 代わりに、神棚に向かう時は、神に対する感謝と信頼を、心に蘇らせるようにしている。 うっかりすると、すぐにそういうものが薄れていく自分だから。 『論語』には「 日に三度我が身を省みる」という言葉がある。 こういうことを軽く聞き逃してしまいがちだけれど、これは凄い習慣である。 放っておくと私たちは反省するまでに三年も費やしているようなことがよくある。 だから孔子に倣って私も日に数回、自分の心がどうなっているかを点検するようにしている。 心が清くないと、現実もそれ相応に濁ったものになることを知っているから。