インナーチャイルド
良い所を見せようとして、まどかが押し入れから落ちた。 その時の様子が面白かった。 「おててがいたくてうごかないよ。おててのほねがおれた」 ぽろぽろと涙を零しながら言う。 どこで覚えたのか、気の毒に思いながらも笑ってしまった。 こういう時は宥めるよりも気分を変えてしまった方が良い。 取っておきの秘技を繰り出すと、すぐに楽しく笑い始めた。 もちろん、骨は折れていなかった。 それにしても、痛みや苦しみを感じた時、心は何と速やかに赤ちゃん返りすることだろう。 「こんなかわいそうなぼくをみて?」という声音が、滲んでいた。 苦しみに直面した時、大人の私たちもまた、やっぱり子供返りしそうになる。 「できないよお、くるしいよお」と心は言い始める。 大人はそれを諭すことが出来る。 心の中の大人が育っていると、「泣いても仕方ないのだから。ほら、前を向こう」と言える。 または私がまどかにしたみたいに、注意を他に向けさせることが出来る。 「大丈夫大丈夫。それより楽しいことをしよう」と。 考えてみると、そういうふうになるために、何年も十何年も過ごしている気がする。 以前の私は、内なる子供が泣き始めると、それに簡単に支配されてしまった。 インナーチャイルドについては、普通、認識して抱き締めてやるべき、と言われる。 私自身、そういうことはとても大事だと考えている。 しかし何事も匙加減で、 問題を必要以上に深くしないという態度も、やっぱり大切だ と考える。 子供が「ほねがおれた」と言っても、本当に折れている訳ではない。 子供=インナーチャイルドの痛みを〈軽視する〉という意味ではなく、〈軽くしてやる〉こともまた、大人にしか出来ないことであろう。