57通目の手紙 またとない機会が教えてくれたこと
おはようございます。 フルート教室の発表会のチェロ伴奏のお勤めが無事(とは言い切れないものの)素晴らしく華々しく終わりました。 足をお運び下さった方々に御礼申し上げます。 また息子も来てくれました! 6歳なのに途中一時離席した他は最後まで静かに座っていることが出来、皆様の感心の的になっていました。 (写真撮影古園麻子さん) たくさんのことを学ばせて頂いた2か月でした。 音楽的だけでなく、精神的に大きな成長をすることが出来たと思います。 打ち上げの時に先生方と、「演奏以外の場面では絶対に使うことのない独特な精神の動かし方がありますよね」というお話をしました。 今回の学びの多くはそこに関わっています。 しかしそうでありながら人生に応用することが出来る部分もまた、そこにはあるように思えます。 あるジャズ演奏家が言っていたことですが、「即興演奏は人生の縮図だ。失敗を恐れると動きが固くなる。重要なのは犯したミスを悔いることなく即座に次のフレーズに溶け込ませていくことなんだ。するとそこにドラマが生まれる」 昨日はクラシックの場でしたのでもちろん即興演奏ではありませんでしたが、このように、音楽はまさに人生の縮図であり、音楽の学びは人生に展開させることが出来ると思うのです。 本番では少しも緊張しませんでした。 これは事前の心の準備が良かったのだと思います。 気付くと私は重すぎる責任を背負い込んでいました。 「参加者たちの晴れの舞台を私が台無しにすることは許されない」と考えていました。 それは当然と言えば当然の考えです。 チェンバロの方は高名な演奏者で機械のように正確無比の方です。 その隣で伴奏を共にする私は経験不足のアマチュア。 「チェロがいなければもっと最高の演奏になったのになあ」と皆様を残念な気持ちにさせたくはありません。 しかしどうあがいても技術的な限界があり100点の伴奏が出来る自信はありませんでした。 さあどうする。 「今日はお祭りなんだ」と思うことにしました。 無責任のようですが、こんな私に声がかけられたのもまた天の采配。 100点ではないことは承知の上で誘われました。 音楽は人間の素晴らしい営みなのであって、それが初心。 つまりは好きなことをしている人の集まり。 皆で一緒に披露と鑑賞を楽しめばいいのだ、私もその一員だ、と思い直したら、肩の重荷が落ちました。 おかげで通...