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6通目の手紙 2026/01/05 新年挨拶、喜ぶこと、神の問いかけ

新年あけましておめでとうございます。 今年もよろしくお願い致します。 皆様、お正月はいかがお過ごしでしょうか。 私は例年通りお節を作り、 https://www.instagram.com/p/DTDGxwKEjfj/ お客様をお招きし、また有り難いことに子供とも過ごすことが出来ました。 一方で、賑やかな中にもひとり内省の時間を持ち、これからの自分の進むべき道について思いを巡らせました。 それは、喜ぶこと。楽しむこと。 私はずっと、喜ぶこと、楽しむことを、主食ではなく、デザートかせいぜいおかずのように考えてきた気がします。 でも最近よく分かってきたことですが、喜ぶこと、楽しむことは、実は魂の主食なのです。 喜ばず、楽しまずして生きることが、どんなに魂をすり減らすことか。 「やるべきこと」中心に考え、「やりたいこと」を過ぎた贅沢と見做して遠ざけることが、いかに自分の魂を曇らせることか。 魂を輝かせることこそが最も大切な目標であるこの人生において。 「やりたいこと」と言っても、我意我欲によって恣(ほしいまま)にするという意味ではないのです。 実に些細なこと、繊細なことです。 例えばチェロの話をしました(3通目の手紙、4通目の手紙)。 「この音を出したい」というのが、この場合のそれです。 その音を出したって出さなくたって、誰も困りません。損しません。得もしません。 でも心の深い所で神は尋ねているのです。 「これがあなたのほしい音ですか?」 「これがあなたのしたいことですか?」 「これがあなたの辿りたい心の営みですか?」 と。 それを、ずっと深く考えてこなかったのです。 尋ねられていることに気付かずに生きてきたのです。 そして「この指はシである」という程度の認識の粗雑さで楽器を触ってきました。 その瞬間にも、神は尋ねています。 「あなたはそのシの音を出せることを、喜んでいますか?」 「喜ぼうとしていますか?」 「喜ぶことが大切だと気付いていますか?」 と。 神は何も語りかけてくれない、と私たちは思いがちです。 でもそうではないのです。 神はずっと質問責めです。 「本当に、それでいいですか? それでいいなら、その人生を与えましょう」 そして私たちはその人生を得ています。 神はこうして休むことなく私たちに問い続けているのです。 そして私たちは休むことなく、その問いに答え続けてい...