『星々のかけら』1
「昨日は休息日にして、河邉さんの新しいCDを聴いていました。聴くごとに深さが増す感じです。「永遠の赦し」が好きです。」
Yさん、ありがとうございます。
他人の身になって考えると、「曲を作ったので聴いて下さい」と言われても、よほどその人に興味があるか、趣味が合うか、傑出した能力が認められるのでない限り、そんなに食指が動くかないないものです。
そこで今日は皆様に興味を持って頂けるように、今更ながら、アルバムのご案内をさせて頂きます(公開してから1ヶ月が経ちました)。
これも楽曲という子を産み落とした親の務めかと。
最近改めて思ったのですが、私はアーティストではないです。
私の定義では、アーティストは自分が何をやっているのか分からない人です。
私は分かっているので、ではそういうのは何なのかと言うとThinker=考える人、だと思いました。
考えを作品の形に変換していくタイプの人間です。
というわけで、これらの作品を通して私は何を考え、語りたかったのかということを説明してみます。
Yさんが触れて下さった『永遠の赦し』には次のような歌詞があります。
悲しみ 優しさ 心は すべて神の声
また『愛の宿り木』の歌詞はこうです。
定めのような 悲しみも
光のような ほほえみも
旅路の私を 誘うように
光のような ほほえみも
旅路の私を 誘うように
日頃このブログで語っていること、皆様にお伝えしていることがそのまま移し替えられているのですが、それは「幸せだけが目標ではない」「不幸せも含めて人生」という考えです。
今の時代、そして人間の本性として当たり前だとは思うのですが、私たちは苦痛のないことや幸せであることを求めます。
しかし自然に照らせばそれはやはりおかしいのです。
夜と昼があるではないですか。
夜は寂しいものです。
その寂しさを体験するのも人生なので、寂しくないのが良いというのは、人生の半分だけを見たがる人生態度ということになります。
しかし、それは分かるのだけれど、この光と闇と、幸せと不幸せが半分半分になっているというこの宇宙の定めはいったいいつ定められたのでしょうか。
どうしてもいつもこうでなければならないのでしょうか。
本当に気になるところです。
どうしたら私たちはそんな世界の中で心に平安を見出すことが出来るのでしょうか。
そんなことを、私は考えています。
続きます。
今日もお読み下さりありがとうございました。
【スケジュール】
7月21日(日)山羊座満月ヒーリング
7月27日(土)9−10時、瞑想会。オンラインのみ。参加費1000円
8月4日(日)獅子座新月ヒーリング
【メニュー】
①カウンセリング 10000円
②ヒーリング 10000円
③リモートカウンセリング 7000円
④遠隔ヒーリング(お布施、ビデオ通話も利用可)
ヒーリングアクセサリー「プレローマ」36000円
【お問い合わせ下さい】
①LINE:atelierkoshiki
②microcosmo.healing@gmail.com
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ホームページ:https://www.microcosmo-healing.com/
コメント