2外ではなく内を知る
最近、私は時事を見ない。
元々それほど見ない性質なのだが、英語のリスニングの訓練に没頭している期間、BBCやその他をずっと聞いていたら、世界中から沢山の悲しい情報が入ってきて、流されやすい私は流されて、やはりこういうことも無視できないな、と思った。
その後しばらくすると、より深い所にいる自分が戻ってきて、これは違う、と言い出した。
それでニュースを聞くのはすっかりやめた。
心の静けさを保つ方がもっと大事だと、改めて思った。
なぜなら心を静かにしない限り、「自分を知る」ことはできず、そしてそれは最も大切なことだからだ。
「世界で起きていることを無視してはいけない、なぜなら私たちは繋がっているのだから」という意見がある。
私も部分的にそう思う。
でも、悲しみや残酷や理不尽は偏在している。
どこかだけにある訳ではなく、今日の自分に関わる一つの言葉や行いの中にもある。
例えば中東で起きている惨事を知って胸を痛める。
しかしその根底にある、他者に対する徹底的な拒絶や、自分の愚かしさの正当化といったことを、自分もまた、もっと密やかな態度で、誰かに対してしていることを自覚しないのなら、世界に対する関心は自分自身に対する無関心の埋め合わせにしかならない。
自分が知ったところでどうにもならない中東情勢を知るよりも、自分自身を知ることによってもたらされる「自分の心の中で起きている紛争」を終わらせることのほうが、はるかに大事だと私には思われる。
残念ながら、外を見て、しかも内を見るということを両立するのはほぼ不可能に近く難しい。
私は改めて、自分の内界をこれまで以上に注視したいと思うようになった。
コメント
はい、そうですね。「自分のためだけではなく」そのとおりだと思います。そして簡単に出来ることではありません。それでも今日はまた今日、というつもりで取り組んでいくことが、きっと大切なのでしょうね。