8 秋になると感じる愛おしさ
急に涼しくなった。涼しくなると、故郷に帰ったような気持ちになる。
実際、東京生まれなので故郷も何もないのだけれど、不思議に懐かしい気持ちになる。
落ち着いて、同時にしんみりとし、過去を振り返りたくなる。
色々なものに愛おしさを感じ、切ないくらいの気持ちになる。
夏の間は生きた心地がしない(本当に)。
秋になると余裕が出来る。
それで、深い感慨を抱くことも出来るようになるのかもしれない。
難しいことに、秋になると湧いてくる愛おしさを、何に向けたら良いのか分からない。
とても良い音楽の兆しが頭の中で響いているのに、いざ音にしようと思うとどれもこれもしっくり来ないというような、または本を読みたい欲求だけは強くあるのだけれど、一冊の本を選べないというような、そんな感じである。
秋に感じる愛おしさは、主に時間に向けられているように思われる。
この神秘的な時間をどうしたら最も充実した形で表現できるだろうと思うと、どれもこれも違うように思えて結局何も出来なかったりする。
イメージの中では、そんな時、ピアノが良いかもしれないし、珈琲が良いかもしれないし、読書かもしれないし、散歩かもしれないが、どれも「秋の愛おしさ」という額縁にぴたりとはまる絵のようには感じられない。
それで、結局何がいいのかなあと思う内に、時間が過ぎている。
でも、それでこそ秋の愛おしさが感じられるのかもしれない。
額縁の中に、何も入らないことによって。
秋は美しい。
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