230 本当の自分がいる場所は リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ - 5月 24, 2025 「本当の自分」は心のすごく深い所に沈んでいる。ずっと忘れて生きてきたから、久しぶりに見つけて、あ、まだいたんだ、と気付くほど。それくらい遠く隔たって生きている。それなのに全然そのことに気付かずにいる。心の世界は地球と同じくらい広い。だから本当によく探さないと、本当の自分を見つけられない。 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
二通目の手紙(2025/12/08)「おとうちゃんだいすきだよ」 - 12月 08, 2025 先にお知らせです。 絵画展ですが、12月12日から「年内」に会期を変更しました。 絵を並べてみた所、日常の生活と仕事に差し支えないと思われたため。 是非足をお運び頂けましたら幸いです。 絵を眺めつつ、珈琲でも飲みながらのんびりお話しましょう。 会場:東京都狛江市中和泉2−7−5 ご来訪の際は事前にご連絡をお願いします。 ・・・・・・・ ブログの名称が「手紙」になりました。 自分とは何か? 自分に出来ることは何か? と考える時、仕事が真っ先に頭に浮かびます。 しかし、それはどこまでも自分の一部。 たとえ大きな部分を占めるとしても、やはり一部に過ぎないものです。 もっと奥深い所からこんこんと湧いてくる無垢の思いを言葉にして、ヒーラーという肩書からも離れて、一人の人間として皆様にお届けしたいとの気持ちから「手紙」と改めました。 またThreadsの使い勝手の良さも経験した上で、こうしてより静かな場から皆様に語りかけることの大切さも改めて学びました。 そういうわけです。 これからもよろしくお願いします。 ・・・・・・・・ 先日、息子の、保育園最後の発表会がありました。 一昨年は舞台端に身を置いて、参加しようとしなかったまどか。 去年は参加はしたけれど、皆と一緒に歌うことは拒んだまどか。 その彼が、今年はしっかりと役をこなして、大きな声で皆と一緒に歌っていました。 終わるや否や「ああ、ほんとにいやだった」と言う辺りは、幼い頃の私にそっくりでしたが。 ともあれこうしてガタガタと音を立てながらもトロッコはちゃんと前に進んでいきます。 繰り返す話になりますが、生後三ヶ月で発症した重度の乳児湿疹から別居が始まり、二歳の頃に離婚に至り、四歳になる前には三ヶ月ほど会わない時期もありました。 こうしたことを「事故」とは思いません。 それは魂の約束、魂の計画として生じた出来事でした。 ただし、その全貌がその時ごとに明示されることはなかったのでした。 天使の声がはっきりと聞こえるならば、あの時、天使はこう語ったことでしょう。 「あなたたちはこれから離婚します。そうすることが、あなたにとって、彼女にとって、子供にとって有益なことだからです。しかしあなたは何も失いません。何も奪われもしません。子供とは毎週会えます。別れた奥さんとは本当の意味で互いに尊重し合える関係になれます。 一人で暮らすようにな... Read more »
11通目の手紙 〈本当の私〉に還るための、松果体ヒーリングとコーチング - 3月 10, 2026 〈本当の私〉に還るための、松果体ヒーリングとコーチング 私たちの心と力の成り立ちは 〈本当の私〉 = 〈この世に合わせた私〉 + 無意識 となっています。 〈本当の私〉:先天的なデザイン あなたの「本質」は、経験によって後から作られるものではありません。それは生まれる前から決まっている 先天的な個性 です。決定的と思える親の影響も、実はその範囲に留まるのです。種の中に花の色が決まっているように、あなたの美しさの設計図は初めから完成しています。 2. 〈この世に合わせた私〉:適応のための装い 成長する過程で、時代、社会、家庭といった環境に適応するために形成された精神構造です。後天的な適応であり、いわば、特定の条件下で生き延びるために身に纏った「服」のようなものです。 3. 無意識:切り離された可能性 〈この世に合わせた私〉を形作る際、「この場所にはそぐわない」として切り離され、隠された心の領域です。 「差分」を埋め、人生を軽やかにする 〈本当の私〉と〈この世に合わせた私〉の差分が少ないほど、人生は容易に、そして快適になります。長所は自然に発揮され、あなたが現実に合わせるのではなく、現実があなたに合わせて動くようになります。 逆にこの差分が大きいほど、摩擦が生じ、心身に不調を得、生きづらさを感じるようになります。 〈本当の私〉は、常にこの差を埋めようとしています。 無意識に対して : 表出せよ。 〈この世に合わせた私〉に対して: 無意識を統合せよ。 例えば、「私は調和を重んじる人間だ」と思っている人が、無意識の中に「強い自己主張」を封じ込めている場合、〈本当の私〉の働きかけによって、無意識は突発的な自己主張をすることがあります。あるいは、〈この世に合わせた私〉に対して認識のきっかけを与えるために、自己主張の強い他者を登場させたりします。 実は自分は強い自己主張を持っているのだと理解し、その性質を統合することによって、「強い自己主張」に対して付与されていたネガティブの性質はポジティブな力に変換されます。これにより〈本当の私〉の力を、〈この世に合わせた私〉は徐々に発揮できるようになるのです。 【重要:滞りが生む苦しみについて】 このプロセスが、恐れや拒絶によって遅滞... Read more »
7通目の手紙(2026/01/13) 喜ぶ努力、愛する努力、愛されることを知る努力 - 1月 13, 2026 チェロを日々弾く中で、沢山の学びがあります。 その中でも一番大切だと思われるのは、喜ぶこと、です。 それがどんなに難しいことであろうとも、やはりそれは喜ぶに値することなのです。 喜ぶと、難しいことが簡単になります。 これは生きることにもそのまま当て嵌まると思います。 聖書には「いつも喜んでいなさい。どんなことにも感謝しなさい」という一節があります。 「冗談じゃない、こんな状況をどうして喜べる。感謝なんて出来るものか」と思える時もあります。 でも何事もそうあるように、しばしば因果関係を私たちは逆転させています。 いつも喜ぼうとしないから、喜べない状況が来るのです。 いつも感謝しようとしないから、感謝の対極にあるような災厄が来るのです。 喜ぶことも感謝することも、その発生は 「誰かや何かに喜ばせてもらう」 「感謝に値することをしてもらう」 ではなく、自ら着火することです。 喜ぶことも感謝することも、受動的な体験ではなく、多大な精神力を要する能動的な努力の成果です。 幸運の産物などではなく、精神的な技術の結晶なのです。 音楽的、技術的なことの全てが枝葉末節に思えるくらい、私は喜びに集中してチェロを弾くようにしています。 日々、その喜びが色を増していくのを実感しています。 子供との関係に似ています。 幼い子供の相手をすることは、時として非常に苦痛です。 日が沈んでもまだプラモデルを作り(とにかく細かく小さく、難しいので手伝わないといけません)、朝起きてまたすぐにその続きをしていて、そこにあれやこれやと些事が休みなく積み重なっていくと、神経がやられそうになります。(一体作るのに5時間くらいかかりました) でも息子は心から喜んで、その喜びから決して離れようとしません。 「疲れたね」 「休む?」 「ううん、絶対休まない」 (*絶対にお父ちゃんが休ませてもらえないことを同時に意味します…) 喜びたいだけ喜ばせてあげることは、親としての自分が子供に対して出来る最善のことだと考えています。 「おとうちゃんはどうして時々、にこにこしながらまーちゃんのこと見てるの?」 「それはおとうちゃんがおまえのことが大好きで、おまえを見ていると幸せな気持ちになるからだよ」 どういう目で、どういうふうに見られているかということを、子供はよく知っています。 だから、自分の心を喜びという鳥籠の中にいつも注意... Read more »
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